同志社中学校・高校の卒業生のための広報誌と今年のロゴを光栄なことに、制作させていただきました。
人生で一度きり。持ち回りで回ってくるホスト学年にあたり、制作させていただけたことに、本当に感謝しております。
毎年、ホスト学年は一年を通して使用するテーマを設定し、ロゴを作成し、そのテーマに沿って様々なイベントを開催したり広報誌を制作したりされています。今年は、「My Doshisha」というテーマでした。
これは理事長の中井君から提示されたテーマですが、ラグビーで活躍されたアスリートということもあり、体育会なイメージで、熱く団結するというイメージや、さらに、みんながお互いに個性を大切にしながら、お世話学年を頑張るようなイメージ、できたら違う各年の諸先輩、後輩の人たちもそのようなイメージを持っていただけたらと思い、高校の同級生にイラストで協力をいただきながらロゴを作成しました。
ロゴ制作中に、背景を少し斜めにしてシャープに見えるようにしたいと提案したのですが、手が切れてしまうという理由で、手が切れないように配置してほしいという返答で、とっても優しい視点で見てる方なんだなぁと思いました。
広報誌は、毎年様々な趣向を凝らした企画がされており、読み応えもありページ数も多いので、なかなか作り甲斐があるのですが、今年は、ご助言もあり特別寄稿をすることになったと広報委員長から言われ、4月ぐらいから、仮デザインのページ企画や広告協賛ページのデザインをしたり、広告協賛のやり取りは最後まで粘り、入稿は8月末でしたので、半年間制作させていただいたことになります。
毎年人気のある広報誌ですが、強いて言えば、若い世代の人も読みやすいものをという観点を広報委員長から言われていたので、今までとは角度の違う同志社のイメージの表紙を考えました。
ここは、食堂の前の道沿いで、体育館と南グラウンドの間にあったクラブボックスの写真です。8年前に広報誌を制作させていただいた際に撮ったものですが、とっても青春な空気が流れているなと撮ったものです。個人的に建て替え前の無機質な建物がすごく気に入っていたのもあり、その無機質さが懐かしく感じていただけるのではと思い、提案させていただきました。
もう一案、用意していたものは、特別寄稿の扉に使用しました。やはり同志社の礼拝といえば中学の時に使用した大学の礼拝堂だという意見を聞き(私は高校から入学したので)、夏真っ盛りに今出川まで撮影に行ってきました。(高校の礼拝堂すごく好きでしたが。)明徳館の屋根?部分からも撮影させていただくという貴重な機会も得たのですが、大学のイメージが強くなるため、やはり地面から見上げた写真が素敵だなと思い、こちらのカットを採用しました。
脱藩してまでも日本を変えるための教育を作っていきたいと思った新島襄が同志社大学設立の旨意で語った言葉を扉に添えました。
表紙の英語は「あの頃の私たち、今の私たち。世代を超えて。」という意味合いで、あの頃を大切にしながら、今また世代を超えて交流できたらという思いを込めています。
また、文字数を極力絞り、読みやすい紙面づくりや、文化的な視点ということで影響を受けられていることも掲載させていただきました。素敵な文化要素がいっぱい入って、素敵な紙面になっていると思います。
学年だよりは副理事さんのご意見をいただいて、ウェブでも掲載してみるという企画を盛り込みました。
誌面は1色で統一させていただいたので、せっかくのカラー写真を大きく見ていただく意味でもこのような形になりました。
先生方の一言ページを見て思ったのですが、やはり同志社の先生はすごく個性的で、楽しいです。
それから初めてゴルフに写真係で参加してきました。農薬のイメージがありゴルフ場はあまりいいイメージがなく一度も行ったことがありませんでした。朝の4時半出発で、なかなか大変でしたが、グリーンが鮮やかで気持ちのいい風が吹いて、広くて、静かでとってもいい経験ができました。
ロゴ付きの一澤頒布バッグまで登場。
また、広報誌と統一したイメージの大懇親会ホームページ制作にも参加させていただいております。ぜひご覧になってみてください。
小学生の時に父がホスト学年だった時の大懇親会に参加したのが、同志社をこころざしたきっかけです。中学校で女子部に入れなかったおかげで、高校は岩倉に入学できたと思います。その割にそんなにキラキラした高校生活ではなかったですが、卒業してからより深く同志社のことを知る機会があり、楽しさも発見することもあり、奥深い同志社とともに今生きていることに感謝しています。
ご協力いただけた皆様本当にありがとうございました。
広報誌、ご覧になりたい方は、ぜひフェアーウインドまで!!